日々彩々〜ウエガキの場合〜
毎日、毎日過ぎていきます。それほど何もなかった日、面白かった日、悲しかった日、うれしかった日…。どの一日も大事な一日です。

1月、大阪に帰省

1月9〜12日まで、大阪の実家に帰省していた。
そのときに思ったこと。

久しぶりの夫婦水入らずは、会話少なし

実家の母に子供をお願いして、神戸に行くことにした。
イケアで買い物をしたいけど、前回行ったときに子供がダダをこねて、結局ちゃんと見られなかったからだ。
車で神戸を目指し約1時間半。このとき思い知った。久しぶりに夫婦だけになると話すことがない!周りの風景を見て、「ここにこんな店がある」「昼飯は何にしよう」とか話すのだが、それ以上に会話が続かない。思えば子供が生まれてから夫婦だけの時間などあったことはなく、いつも会話の中心に子供がいた。これには愕然とした。一般的にいう「子供が夫婦間を取り持つ」ということなのか。認めたくはないが、事実らしい。結局、付き合っていたころのように話せるのに、数時間かかったように思う。でも行動のパターンはかつてどおり。僕はひたすら歩いて、汚い高架下の店などを覗きこむ。奥さんは相変わらすバッグや靴の店に目が行き、買うにもなかなか決められない。こういった行動が以前のままなので、少しずつかつての感覚を取り戻せたと思う。夫婦水入らずを行うには、リハビリが必要だということですな。

恵比寿様は商売上手
大阪では十日恵比寿といって、1月10日前後に「えべっさん」といわれるお祭りがある。商売繁盛の神様ということで、今年一年の商売繁盛を願う商い人が詣でる。多くの人でにぎわうので、参拝にも時間がかかる。寒空の下、列を成して並んでいるとき、僕は気づいた。恵比寿様は商売上手であることを。
拝殿横には巫女さんが立ち、参列者に案内をしている。白肌黒髪のきれいな人で姿がいい。しかし案内する右手にはマイク、そして左手にはなんとカンペが。きっとこのために雇われた臨時巫女なのだろう。そして参拝をするところにあるのは「恵比寿様は耳が遠い」という案内。これは初めて知った。正面で賽銭を投げ込み手を合わせると、参列は左へと誘導される。そこには板があり、3回たたいて手を合わせる。そしてそこにも賽銭箱が。左が終わると回り込んで右である。耳が遠い恵比寿様には両方の耳にちゃんとお願いをしないといけないらしい。そしてそこにも賽銭箱が。これはすごい商法である。僕は最初手に10円持っていた。しかし参拝を終えると30円投げ込んでいた。通常10円ですんだはずの賽銭が3倍になったのである。これは利益が3倍になるに等しく、明らかに恵比寿様の商法といえよう。さらに参拝を終えた参列者に対し、2名の巫女が待ち構える。福笹の販売である。今年一年の商売繁盛を祈る上で、縁起物をたくさんぶら下げた福笹は必需品。これがなんと3000円から。上限があるものではなく、金額は参拝者の心次第である。こうなると人間は見栄をはる。3000円からといわれたら4000円、5000円と支払ってしまうのである。さらに当日は1年に一度の初恵比寿の日。“ハレ”の日の心情をたくみに利用したシステムといえよう。結局帰るまでに数千円をこの神社に落としていくことになる。賽銭に関しては原価ゼロ、福笹にしてもほとんど原価はない。必要なのは巫女の人件費ぐらいだろうか。関西人が商売上手な恵比寿様を慕う気持ちがよくわかった。これはあやかりたいという思いに違いない。帰る道すがら、参道には露店が並んでいる。そこにあったチョコバナナは1本300円。安売りスーパーでは1房100円前後で売っているバナナ、それを黒いチョコレートで覆うことで少々痛んでいてもわからない。この商売の粗利はどのくらいなのか。疑ってみたがチョコバナナ屋も辛いのかもしれない。きっとこの場所に出店するのに相当の商い料を恵比寿様に支払ってる


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